楠本涼 / Ryo Kusumoto

An another Renjishi.(2015-2017)

もうひとつの連獅子/An another Renjishi

2015-2017 JPN

この作品は、人生のほとんどを日本舞踊に投じた舞踊家やまとふみこさんと、若き弟子たちが何を授受するのかを追ったものです。

やまとふみこさんは、1942年和歌山県に生まれ、4歳から現在の東京都新宿区で育ちました。複雑な家庭環境で育った彼女にとって、自宅も学校も心休まる場所では無く、祖母と劇場を巡る日々を過ごしたといいます。9歳で著名な流派のひとつである”尾上流”に入門。幸いにも初代尾上菊之丞さんに直接教わる機会を得、14歳で名取、18歳で弟子持ちとなりました。しかし、若くして師を亡くし、数年後に独立。国立大劇場等でソロ公演を重ねるなど活躍しましたが、突如、表舞台から姿を消してしまいます。

一般的な価値観から離れた彼女の人生選択の裏には、父の存在を知らずに育ったこと、母の愛情に対する渇き、恋愛に対する嫌悪感が入り混じり、舞踊こそアイデンティティという強い意識がありました。自らが舞台を企画・運営するフリーランスの舞踊家として生きた気概の根元には、既存価値を壊して結果を残したい、新たな価値を世に認めてもらいたい期待があったといいます。

テレビの出現以降、舞踊をはじめ様々な伝統芸能への興味が減衰し、逆に「美しき日本の伝統」として形骸化したイメージが強固になってきているように私は感じます。また、私たちは「知らない」と「存在しない」をほぼ同質と無意識で捉えているのではないでしょうか。「美しき日本の伝統」に陶酔しながらも、著名かどうかでしか良し悪しが判断できないように。

ふみこさんは、名前だけで評価と尊敬を得られる著名な「流派」を出て、結婚・出産という一般的な「女性」の生き方を捨て、「これが芸術です」と劇場で舞うこともやめました。私たちの多くは、それに気づくことも無く、通り過ぎて生きています。裏返せば、著名でない私やあなたが、一般の人間として埋没し、何も継承するに値するものを持っていないということになってしまう。果たしてそうでしょうか。

ワイルドサイドを生き、ひたむきに舞台に上がり続けた彼女の継承する姿は、従来の伝統芸能の厳格で定型的なイメージとは異なり、「現代の継承」のひとつの形として、私たちが知り学ぶヒントがあるかもしれないと私は考えています。